こんにちは、ぺんたです。
今日は、少し毛色の違うテーマについて書いてみようと思います。
それがいわゆる「引き寄せの法則」についてです。
「引き寄せの法則」と聞くと、正直なところ、
どこか胡散臭いとか、都合のいい精神論のように感じてしまう人も多いと思います。
私自身も、これまで何度もそう感じてきました。
「強く願えば叶う」
「思考が現実になる」
そう言われても、現実はそんなに甘くないですし、
努力せずに祈るだけで状況が好転するほど、人生は単純ではありません。
ただ、ここ最近、自分自身がかなり追い込まれた状況を経験する中で、
改めて「引き寄せの法則」について考え直すきっかけがありました。
それは、ある動画との出会いなのですが、その動画での説明は、科学と非科学バランスがとても良く、かなり腑に落ちる説明 でした。
これまでで最も納得感を感じた引き寄せの説明
それが以下の動画です。
私なりに動画の内容を要約してみました。
「なぜ成功者ほど引き寄せを完全否定しないのか」
「なぜ努力が前提条件なのか」
「それを科学や心理学でどう説明できるのか」
信じる・信じないの二択ではなく、
「使えるなら使えばいい」という視点でご覧いただくと良いかもしれません。
成功者が「引き寄せの法則」を信じる理由
成功している人たちは、スピリチュアルなものを頭ごなしに否定していない人が多いと感じます。かといって、最初から「引き寄せの法則」を信じていたから成功した、というわけでもなさそうです。
むしろ、必死に行動し、試行錯誤を重ねていく過程の中で、「あれ、こういうことってあるよな」と、あとからこの法則を信じるようになった人がほとんどだと思います。
一方で、スピリチュアルをまったく信じていない人や、逆に努力をせずに依存してしまっている人(祈るだけで夢が叶うのを待つ、占いだけで物事を決めるなど)の中に、継続的に成功している人はほとんど見かけません。
成功者は「引き寄せの法則」を盲信しているのではなく、そのロジックを理解した上で、自分に当てはまる部分だけを取り入れ、そうでない部分は切り捨てる、という冷静な取捨選択をしているように思います。
法則発動の必須条件:人間の限界までの努力
「引き寄せの法則」が発動するとされるタイミングは、人間が考えうることをすべてやり尽くし、失敗を恐れずに何度も行動した“その先”にあるように感じます。
これは、昔から言われている**「人事を尽くして天命を待つ」**という言葉そのものだと思います。
つまり、この法則は「祈れば何とかなる」ようなものではなく、人間ができる限りの努力をした後に訪れる、最後の最後の後押しのような存在です。
引き寄せの法則を「胡散臭い」「馬鹿げている」と切り捨てる人は、もしかすると、まだそこまで本気でやり切った経験がないだけなのかもしれません。
引き寄せ現象を読み解く科学的・心理学的メカニズム
スピリチュアルな現象は、科学的に完全否定されているわけではなく、「現代の科学ではまだ完全に説明しきれていない」というのが正確な表現だと思います。
実際、物理学や心理学の分野では、引き寄せ現象に近いものを説明できる理論が少しずつ出てきています。
量子力学(物理学)
ミクロの世界では、時間や空間が連続して存在していないとされています。そのため、「ある人のことを考えていたら、その人から連絡が来た」といったシンクロニシティも、インスピレーションが時間や空間を飛び越えて伝わった結果と解釈することもできます。
集合的無意識(ユング心理学)
個人の潜在意識のさらに奥に、人類共通の無意識層が存在するという考え方です。これによって、偶然とは思えない出来事が同時多発的に起こる「シンクロニシティ」(例えば、国境を越えて同じファッションが流行るなど)が説明されます。
カラーバス効果(心理学)
特定の願いや目標を強く意識すると、脳がそれを重要な情報として認識し、関連する情報やチャンスを無意識に拾いやすくなる現象です。
これにより、願いを叶えるためのヒントやきっかけが、自然と目に入ってくるようになります。
まとめ
今回あらためて整理してみて思ったのは、
引き寄せの法則は「魔法」でも「逃げ道」でもない、ということです。
成功者が引き寄せを信じているように見えるのは、
それで楽をしてきたからではなく、
やれることをすべてやり切った後に、振り返ってみたら
「確かに、流れが変わる瞬間があった」と感じているから なのだと思います。
人事を尽くして天命を待つ。
この言葉が一番しっくりきました。
努力もせずに願うだけでは何も起きないし、
逆に、限界まで行動した人にだけ、
偶然とは思えない「後押し」のようなものが起きる。
それを
・量子力学
・集合的無意識
・カラーバス効果
といった視点で見ると、
完全に非科学とも言い切れないのが面白いところです。
信じてもいいし、信じなくてもいい。
ただ、「コントロールできたら得」くらいの距離感で向き合うのが、
一番健全なのかもしれません。
少なくとも私は、
努力から逃げるための引き寄せではなく、
努力をやり切る覚悟を持つための考え方 としてなら、
かなり納得感があると感じました。
今は正直、状況が良いとは言えませんが、
やれることを一つずつ積み重ねた先で、
「あの時の話、こういうことだったのか」と思える日が来たらいいなと思っています。




